【訃報 萩原健一死去】なぜ萩原健一は「ショーケン」と呼ばれるのか?

【訃報 萩原健一死去】なぜ萩原健一は「ショーケン」と呼ばれるのか? トレンド・ニュース

俳優で歌手の「萩原健一」さんが3月26日午前、消化管間質腫瘍(しゅよう)のため東京都内の病院で死去していました。68歳でした。葬儀は親族だけで営まれたそうです。

大麻所持・使用や恐喝未遂での逮捕、4度の結婚など、スキャンダラスで波乱の私生活を送ってこられたスターです。

このタイミングで、過去の作品やエピソードが次々報道され、歌手として、俳優としていかに偉大であったかがわかります。

そんな中で、ふとなぜ萩原健一さんは「ショーケン」と呼ばれるのだろう?

と疑問に思って調べてみました。あだ名の説明とともに、あらためてプロフィールや訃報を受け手の芸能人やミュージシャンのコメントを紹介します!

なぜ、萩原健一はショーケンと言われるの?

健一なのに、なんで「ショーケン」なのかって、ずっと思っていました。実はその名前が付いたエピソードがあったので紹介します!

萩原健一さん、デビュー前から不良仲間がいて、その中に「ケン」という名前がつく人が3人いました。3人の「ケン」を区別するために、体が大きい順番に、「ケン」の前に「大(ダイケン)」、「中(チュウケン)」、「小(ショウケン)」をつけました。

それが定着し、「ショーケン」と呼ばれるようになったとのことです。

ちょっと強面ですが、テレビではショーケンエピソードがいろいろと紹介されています。

ガンであることは隠していたそうです。

萩原健一プロフィール

【本名】萩原 敬三(はぎわら けいぞう)
【生年月日】1950年7月26日
【没年月日】2019年3月26日(68歳没)
【出生地】埼玉県北足立郡与野町
(現・同県さいたま市中央区)
【身長】174 cm
【血液型】O型
【職業】俳優、歌手
【ジャンル】映画、テレビドラマ
【活動期間】1966年 – 2019年テレビドラマ
【実績】
・アルバム
惚れた(1975年8月)
Nadja〜愛の世界(1977年3月)
Nadja2〜男と女(1978年6月)
Nadja3〜エンジェル・ゲイト(1979年6月)
熱狂雷舞(1979年10月)
Don Juan(1980年7月)
Don Juan Live(1980年12月)
White & Blue(1981年6月)ベスト・アルバム
・テレビ
『太陽にほえろ!』
『傷だらけの天使』
『前略おふくろ様』
『祭ばやしが聞こえる』
『豆腐屋直次郎の裏の顔』
『琉球の風』
『課長サンの厄年』
『外科医柊又三郎』
『冠婚葬祭部長』
『元禄繚乱』
・映画
『八つ墓村』
『影武者』
『誘拐報道』
『恋文』
『激動の1750日』
『居酒屋ゆうれい』

(引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/萩原健一)

訃報を受けて、有名人やネットの反応

夏木マリさん、氷室京介さん、甲本ヒロトさんのツイートです。このほか、テレビでもダイヤモンドユカイさんなど、本当に多くの方が訃報にコメントをよせています。

まとめ

内田裕也さんのときもそうでしたが、訃報後にその人の魅力がきわだつなって改めて思います。

◼︎内田裕也さんの伝説はこちら
【内田裕也伝説】若い頃の画像と曲や出演作を紹介。樹木希林とのエピソードも!

昭和、平成を生き抜いた、ショーケンさんのご冥福をお祈りいたします。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。