【思い出話】留年の危機。高校生の生物のテストにて、落ちこぼれの予感

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定期的に落ちこぼれトークに花を咲かせ、悩んでいる人、落ち込んでいる人を励まし、元気付けたいと思っています。

高校時代

◼ 通った学校:地元で中の上くらいの進学校
◼︎ 学校特徴:男女共学、単位制
◼︎ 校風:女子の制服がおしゃれで人気。自分で学びたい強化が選べる「単位制」でも話題。
◼︎ 入った部活:テニス部
◼︎ 入学・通学時期:1996〜2000年(現在37歳)

視力の低下による学業不振

入学前の春休み。アニメ好きの自分はTVにかじりついていました。春休みといえば、「春休みアニメフェスタ」です。タッチ全編を見たと記憶しています。
ただ、見ていたTVは14型サイズ。本を読むような距離感でTVを見続けた結果、視力は1.0から0.5くらいまで低下。

育ち盛りだったためか、低下の速度も異様に早かったです。

入学後の成績

入学時は学校でも真ん中の成績でした。が、視力の低下によって授業の内容がわからず、しかし!どうしても「メガネ」をつけることができず、徐々に勉強についていけなくなりました。

当時は「メガネくん」そう呼ばれることがとにかく嫌だった。メガネが個性の一つになるのがゆるせなかった。この時まだ、コンタクトはまだ普及しきっていなかったのです。

もう学校にいられなくなるよ?

期末試験が終わり、学校の先生に呼び出され、開口一番このようにお言葉をいただく。当然、目の前がまっくらに、なったかと思いきや、むしろそれを勝ち誇り、落ちこばれ=ちょっとかっこいいくらいの感覚でいて、そのままなにもせず、のうのうと高校生活を送ろうと思っていました。

通信簿の平均は5段階評価で「1.7」。通信簿に1と2しかなく、3がつくと喜んでいました。もちろん3は体育と美術です。

まさか高校で留年?ついに来る時が来た

2学期末の直前に、あと一つ赤点だったら留年、ということが発覚しました。当然焦ってきました。普通の高校生だったんですね。親父の烈火のごとく怒った顔が目に浮かび、とりあえず可能性がありそうな「生物」の勉強だけがんばりました。

テストの前日に4時間勉強。赤点を超えろ!

生物の教科書だけは熟読しました。テスト範囲は20ページ分くらいだったか?とにかく読み込んで、赤線、蛍光マーカーをひきまくり、終わった頃には「どこがだいじなんだっけ?」ってくらい色で占められていました。アホな勉強のしかたの代表のようなやりかたでしたが、とりあえず「勉強した感」に納得し、そのまま試験へと望みます。

親とは高得点が取れたら「バイクを買ってもらう」約束もしていましたが、親は絶対それは無理という自信から、約束に応じてくれたのでしょう。

こんなはずじゃなかった!

テスト用紙がくばられ、上から問に答えていきましたが、正直「あれ?めちゃむずくない?」という感想。全くと言っていいほど、答えがわからず、でも記号問題には果敢にチャレンジしました。

選択肢問題なら、やはり「2番」と「3番」の正解率が高いはず。いや待てよ?前の問題も2と3で記入しているから、次は1にするべきか。

生物のテストでしたが、数学をやっている感覚で回答に記入。すべての選択肢問題にはチャレンジしたので、確実に30点、つまり赤字は超えたであろうと予測していました。

ただ、テストが終わって、妙な違和感を覚えました。なんぜ、知ってる問題が出ていないんだ?

テスト範囲が違っていた

あとで友人に聞いたところ、自分はテスト範囲とはまったく違うページを読み込み、蛍光マーカーをひきまくっていた事実があきらかになりました。

よくよく考えると普段の授業内容がわかっていないので、それをならったかどうかすら覚えていない。だからテスト範囲の違いにも気がつかなかったんでしょうね。

愕然とし、無駄な努力を悲しみ、自分の不甲斐なさにあきれましたが、すぐさま立ち直りました。なぜなら選択肢問題を埋めていたからです。数値のばらけさせ型に自信を持っていました。

12点。。。

丸つけしたテストが手元に戻され、自分が12点であった現実を突きつけられます。数字のばらけさせ方、よくなかった。

振り返ると4時間勉強して12点だったわけです。つまり、「30〜40時間やれば、俺は100点取れるんだ!」という意味不明なポジティブシンキングで、ここでもすぐに立ち直りました。

で、留年は?

窮地に立たされたわけですが、体育、美術、家庭科のがんばりが効いて、補習授業に出れば上の学年に進める、という措置をしてもらいました。

知らない人も多いですが、補習授業は「落ちこぼれグループ」の集まりです。じゃぁ、暗い雰囲気か、というとまったくそんなことはなく、ある種の共同体意識がめばえているので、結構楽しいんです。

休みになんで学校行かなきゃならんの!?というめんどくささはあるけれど、閑散とした教室に親しい友人数名での授業。先生も、人生の話、昔話とかしてくれるんで結構楽しい。あっという間に補習は終わりました。

おわりに

勉強ができないことで悩んだことはなかったけれど、社会人になって情報処理能力が人よりないことに気がつきました。そこでふと「あ、勉強って、話を聞いて、理解する力を身に付けるためのもの」だったのかな、と思ったものです。

社会に出てまわりをみてみると、理解力があるのは一流大学を出たやつらばかり。そこで彼らと競うためには「愛嬌」を磨かねばならない!と心に誓い、トークスキルを磨きまくったわけです。愛されキャラになるといろいろないいことがあります。ミスってもフォローしてくれたり、そのあと飲みに行ってさらに仲良くなったり。女子社員やパートのおばさんにも親切にしてもらえたり。で、思いました。

間違えない人間より、間違えても許される人間のほうが、強いんです。

だから勉強も大事だけど、愛嬌とか、人間味とかって大事なんですよ〜という話でした。